BL短歌(〜600)

0551.過ぎ去りし少年時代をとりかこむ風、の名前も言へてしまへり

0552.明礬のかをるスカーフたたみをり翳りゆくかなEnfance finie

0553.生涯をささげる恋と定めしか十五のわれに咲くおきなぐさ

0554.君は首なしの椿を挿すように愛するひとにさわるのだろう

0555.ころしかた覚えていけばいくほどに研ぎ澄まされていく恋心

0556.手首ってつぶやけば血を見るようでカフスはずせばまっさらな肌

0557.リノリウム濡れたシューズで踏むときに死にいく声が響く中学

0558.また/きみは/十九歳の/街角で/もう/百度目の/絶唱をする

0559.イン・ザ・クローゼット 妖精と話すことだってもう秘密になるの

0560.倦みはてたあなたの中に押し入って夜毎わたしは生をいただく

0561.降る雪が真綿であると知る君を小瓶の中で抱きしめてやる

0562.もし、なんて 背中を抱いて慰める行為にさえも理由がいるの

0563.言う 言う 言う 五感はきみを言葉としぼくはどこにも紙片と歩く

0564.言葉 きみ 冷たい頬(いや) 痩せた指(いや) (言葉ではきみと呼べない)

0565.描写して形容すればするほどにきみは消えゆく(もう大丈夫)

0566.ぼくたちは高瀬舟には乗るまいよ血を羊水のごとくに眠る

0567.なおしてよ ああきみの身体あまねく傷跡ですね

0568.五年まえ神様の心臓を食べたね 地下室は燃えちまったね

0569.暗闇の冷たい切れ目から溢れる赤がいちばん美しい色

0570.薔薇だけで生きていくため晩餐の最後に聖なる肢体を供す

0571.じゃれあいも恥ずかしくなるくらいなら恋の意味など知るべきでない

0572.やがてかの屋敷は朽ちて野にあざみ 君が見つけるされこうべなり

0573.トンネルは祝祭ですか祝祭のあとには新たな光さします

0574.沈澱を記憶しているひとすくいきれいな水を君にあげるよ

0575.水底で呼気も硝子にかわるころ攪拌されるからだだったの

0576.満潮の晩に背中の鞭痕へ神をむかえるだけの兄さん

0577.青年の背中を剥げば少年を取り出せるのと信じて真夏

0578.少年が太宰治に恋をするいちどっきりの十六の夏

0579.紫の花を捧げる それっきりひとの名前を呼ぶことはない

0580.車窓から放る林檎が光るころ全能者たる兄の失墜

0581.守りたいものとは概念の国か 君は恋闕の刃を振るうか

0582.鈴鳴れば蔵の格子の夕風に水蜜桃の腐りが混じる

0583.すべて嘘だから笑って手を振るよ 淋しい国にお前はいない

0584.三界に月の光の絶えなむを君は知りつつ我屠るべし

0585.言い訳は赦さない 口縫い付けて指を封じて心臓を問う

0586.魂はいずこに宿る 炎天に影ばかり濃くさらされゆけば

0587.いつか君を殺した、ようにうずくまりぬかるみ孕む心音になる

0588.あなたのためならばあなたを殺してもかまわないほど 風を束ねて

0589.洋装は故国を棄てた訳じゃない 桃の実ひとつ武器として発つ

0590.白皙は冷淡 射抜け父祖の血の穢れただよう渇仰の身を

0591.鉄錆の涙を舌に受けしろいしろいうなじのあれだけ甘い

0592.神ならぬ男を仰ぎ自決する青年たちにはなむけの雪

0593.見たくないものばかりなのだね君よメチルアルコールをあおろうか

0594.弱さゆえ私は君の名を時に私を救う四文字で呼ぶ

0595.君はまだ世界を呪っていていいよ 三百年後にまた会いましょう

0596.初めてのキスは柘榴の味 そして少年のまま終わらぬ夜宴

0597.ただ一度まみえる影を待ちわびて輪廻の際を浅くたゆたう

0598.秋津野にいつしか影が立ちつくす私のはねた首を抱えて

0599.いっぴきの野狐変じても子をなせずあの荒ら屋が千年残る

0600.また君に会えたね 立派な鱗だね 村を沈めることはできたの?